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Act.02 聖樹の祝福 (03)


   ◆ ◇ ◆

「あのムスターニが荷馬車の仕事って、するのかしら?」
 ティンクは大通りを進みながら、腕に納まる猫へ問いかけた。猫は猫らしく「ニャー」鳴いただけだったが、少女は「そうよねー」都合よく解釈した。
「きっと高慢ちきに嫌がって、ディーアを煩わせてるのよ」
 下々の仕事なんかやったこともあるまい。そう決め付けていた。
 そして、分かっている。そう「決め付け」た方が「自分」が「ラク」なのだと。
 ティンクは唐突に止まった。自己嫌悪で足元が揺らぐ。

 ディーアを煩わせているのは、自分だ。

「おっと、すまないね嬢ちゃん」
 背中と肩に軽い振動。とっさに睨み返し、木箱を両腕で抱えた男が驚いた顔をする。何のことはない。往来の真ん中で唐突に立ち止まれば、文句を言われるべきは自分だろう。それなのに睨むなんて、でも男は「悪かったね」笑って行きすぎた。
 悪いのは自分。謝ったのは男の人。
 いたたまれなくなって、俯き、肩袋の中身を漁った。立ち止まったのは荷物を探すためだと、取り繕いたかった。
 ふと視線を感じ、顔を上げる。先ほどの男の人がなんとも複雑な表情でこちらを見ていたが、目が合った途端に顔を背かれ、今度こそ行ってしまった。
 やや考え、頭から血の気が引く。まるで自分は荷物を確認しているようで、これではぶつかった男の人をスリとでも疑っているかのようだ。
 ちゃんと謝ってくれた人を、泥棒扱いしたことになる。謝りたくても、すでに男は雑踏の向こうだ。
 また、自己嫌悪。
「ニャ」
 ミトランシャーネは腕の中から飛び出して、促すように振り返りながら歩き出した。ついて行くと、道端の壁沿いにスルリと落ち着く。
 くつろいで丸くなる霊妖に、ティンクは溜息をついて横に立つ。壁により掛かり、ぼんやりと行き交う人々を見やる。そして、早足で行く店子らしい子供が視界の左から右へ過ぎる間に、すでに我慢できなくなっていた。
 ティンクはうつむいて、そのまま壁下へ膝を抱え込んでうずくまる。自己嫌悪を通り越し、自分を殺したくなる。意味不明にわめき散らせば少しは気が晴れるのだろうか。
 自分はどうしてこんなに余裕がないのだろう。
 もっと違う、話し方とか接し方とか、魔道士に相応しい態度があるだろう。
 それ以前に、最低限の礼節すら守れない人間が魔道士を志そうなどおこがましい。
 こうじゃない。分かっている。分かっているのに、出来ない。
 ディーアの苦笑が、ムスターニの無関心が、己の未熟を抉られる様で。
「ティンク・ガーネは知識を役立てることもできない、高慢な女です」
 きっと師ウィードに自分は最低だと、魔道士に相応しくないと報告するだろう。

 違うっ! こんなことを考えたいんじゃない!

「ニャァ」
 気づくと、己の腕に爪を食いこませている手の甲を、ミトランシャーネが熱く濡れた舌でサリサリ舐めていた。目があってもう一度可愛らしく鳴いてくれる喉元が気持ち良さそうだと手を伸ばしたのに、不覚にも視界が滲み、とどかない。
「どうしよう……」
 もう正直に認めるしかない。
 私は、不安なのだ。
 学舎では、己の役目を心得ていた。何よりも勉学に励み、規則正しい生活を送り、毅然と他を顧みずに過ごした。田舎の小作人であるとか、魔法が弱いとか、そんな陰口を気にする余裕すらなくなるように。
 だって、言ってくれたのだ。
「君が頑張っているのは俺が知ってる」
 たった一人とり残されて途方に暮れていた長い廊下で、彼だけが手をつなぎ歩いてくれた。怖くて寂しくて足が竦むのに、温かな掌は背中を支えてくれた。
「大丈夫だよ。自分を信じて、さあ!」
 押し出されて、振り向いた時に笑顔をくれた。
 だから、頑張ったのだ。追いつくように、振り返ってもらえるように。

 でも。

「ニャァァ」
 ミトランシャーネはティンクの鼻先を舐めた。そして腕から飛び出し、数歩先で振り返る。誘うがごとく長い尾が揺れているのが、不思議なほど優雅だった。
「……うん、そうだね」
 わざと言葉を声に出して、立ち上がる。目元を袖先でガシガシ拭いた。色気ない、と自分でも思う。
 でも、いま気にするべきはソレじゃない。
「早く挨拶を済ませて、合流しよう」
 無知なら無知なりに、もう迷惑はかけたくない。少なくともディーアはティンクを不当に卑下しない。なら、自分でも嫌気がさす警戒心は必要ない。
「謝らなきゃ」
 そう思ったのだ。ちゃんと。

 しかしながら。
 事態がそう動いてくれなかったのは、もはや神の悪戯なのか。

     ◇

 アルベザイドは飄々と、灯り乏しい通りを進む。
 市の立つ大通りでも、さすがに夕刻は人影がまばらだ。しかも口入屋があるのは外門に近い通り隅。自然と物陰やら路地裏やらから「怪しげ」な人種が出始めたが、アルは気にも留めずに進んでいく。ムスターニも静かに続く。一度振り返り確認したが、昼行燈は変わらぬ様子で歩調も変えていなかった。
 ムスターニはいつだって二人より三歩ほど後ろを歩いてくる。街門の時のように先行することなど滅多にない。
 よく分からない。学舎で初めて会った時から無口な奴で、人付き合いをせず、人と目も合わせない。てっきり人間嫌いなのかと思っていたら、そうでもないらしい。妙に旅慣れして、野宿の時も率先して動いてくれる。ガーネ嬢に悟らせぬ程度に気を使い、他人に合わせることが異様に巧く、そのくせ一貫して「憎まれ役」の仏頂面だ。
 大抵二日も寝食を共にすれば人間性も見えてくるものだが、ムスターニに関しては予想外が多すぎて、よく分からない。
(俺もまだまだって事かねぇ)
 心中でボヤキながら、ふと、前方から岩が一人歩きしているような影が真っ直ぐと近づいてくる。見れば、それは見知る顔だった。
「今晩和、シュウさん。王都にいるなんて珍しいですね」
「よぉ、アルじゃねぇか!」
 野太い声が薄闇に響く。その声音通りの厳つい顔が大きな笑顔を浮かべるが、慣れていない者には「盗賊頭が獲物を追い詰めて悦に入ってる」ように見えてしまう。ちなみに、そう評価したのはアルベザイドだ。
 シュウと呼ばれた男は、王都の街門内だというのに皮鎧をまとい、大ぶりの剣を腰に下げている。そして顕著に首飾りをしていない。
 つまり、正真正銘の「首なし」だ。
「岩が猪の皮を被って歩いている」の評判通りの動作で二人の正面に立つと、スルリ、ムスターニは貴公子の右後ろへさがる。
「なんだ仕事か? お前の札なら喜んで取るぜ」
「違いますよ。俺が札をもらいに来たんです」
 見る側の度胸が試される笑顔に、アルベザイドは八方美人な愛想で返す。それは学舎の廊下ですれ違う女子へ向ける微笑みと違わないが、あいにくソレを判別する人間がここにはいない。
「お前が、仕事?」
 シュウは怪訝そうな顔をしたが、ふと視線をアルの横へ流し、頷く。
「ソレで今回は弟子付きって訳か」
 弟子って誰だ? 思わず振り返り、そこに仏頂面のムスターニを見つけてしまう。
「そんじゃ、お手並み拝見!」
 シュウの誤解を質そうとした時すでに、彼は抜剣し踏み込んでいた。銀色の残像が水平に滑り、本能的に飛び逃げて腰の剣柄を掴んだところで、目が丸くなる。
 ムスターニが変わらず慌てず、感情の動かぬ顔のまま剣を止めていた。しかも靴底で。まるで冬の川鳥のように片足でスックと立ち、真っ直ぐに伸びた足裏で剣戟を受けた。
 確かに長旅をするために選んだ靴の底は頑丈なモノを選んでいる。防具とするには最適だろうが、こんな非常識な避け方があるのか。下手をすれば足を斬られ、機動力を失ってしまう。上手く止められたとしても、刃の食い込んだ靴は早々使いモノにならない。
 幸いにして、靴底で受けたのは両刃剣の腹だったが。
 一瞬の停滞。さすがにこの受けは現職傭兵も驚かせたらしいが、ニヤリ笑って次へ動き出す先、さらに驚愕的に、ムスターニの方が早い。
 靴先を器用に回転し、傭兵の剣を絡め取った。ちょうど次動のため握力を抜いた瞬間だったらしく、剣は主を裏切ってすっぽ抜けると、空中でくるり舞回る。
 が、さすが「首なし」はさらに次へ移ろうとする。気配でそう察したが、またしてもムスターニが早かった。
 ダンッ! 音すら立てて空中で舞っていたはずの剣をムスターニは踏みつけていた。切っ先は、偶然か選んだのか、傭兵へと向いている。つまり、剣の持ち主が持つべき柄は遠い向こうだ。
 この一連の動作を仏頂面は右足一本でやりきった。その間、上体は小揺るぎもしない。

「……デタラメすぎだ」
 情けなく呟いた声が合図だった。
 シュウの覇気が弛み、豪快な笑い声をあげた。
「ハハッ! おもしれぇガキを雇ったな」
 アルベザイドの肩を左手で叩きまくり、とても痛い。ムスターニは場の変化に対応しきれなかったのか固まったままで、脳天を直撃する笑い声を3秒ほど聞いてから、ゆっくりと剣を拾い、土を払って持ち主へ返した。もっとも、夜目でも分かるほどに足跡がくっきり残っていたが、シュウは気にせずに鞘へ戻す。
 弟子、雇う。この誤解をどう解けばいいのか思案するも、シュウの切り替えはとてつもなく早かった。
「じゃあな。次はいい札をくれ」
 軽い挨拶の次、もう背中を見せて歩いて行ってしまう。いったいこの騒動は何だったのかと悩んでいると、ムスターニが珍しく自分から喋った。
「短剣」
 喋ったが、断片的すぎて意味が分からない。マジマジ見やるも、学友はそれ以上を言う気がなさそうだ。
「ああ、そうか。気づいてたのか」
 ややあって、納得する。アルベザイドは「ふぅん」なにやら笑顔になるが、ここにガーネ嬢がいたら意味不明さに怒りだしたかもしれない。
 つまり、傭兵の得物は剣だけでなく短剣も仕込まれていて、剣を踏みつけたあの時に短剣で襲われていれば避けられなかった。
 自分の負けであると、ムスターニは自覚している。
 通常ならば勝ちを驕る場面だろうが、あの勝負は傭兵が「引いてくれた」のだと、冷静に認識している。戦闘力と認識の高さに、また予想外が増えてしまった。

「本当に、面白い子だねぇ」
 声は口入屋から。入り口前に福よかな笑みを浮かべる初老の婦人が立っていた。髪を緩く結い上げ、ゆったりとした服を着る女性は、誰にも警戒心をもたれない。浮かべる笑みはまるで初孫をあやす若婆ちゃんのようで微笑ましいが、その対象が自分であると思うとやや複雑だ。
 この女性が、山師のような荒くれの旅商人や「首なし」を相手に口入屋を営む女将である。
 世の中、外見を裏切る人間が多い。何故だろう?
「女将さんだったんですか、あれ」
 アルが恨みがましく言えば、女将は「あらバレた?」赤い舌をのぞかせて悪戯っ子の様に笑う。その仕草も(年齢を無視して)可愛いのだが、巻き込まれた方は迷惑だ。
「アルが相方連れなんて珍しくて、つい」
 コロコロ鈴を転がすような声音は上機嫌で、アルベザイドはからかいを至上とする某師を思い出し、沈黙する。女将が面白がっているのは「相方」扱いされているムスターニではなく、徒歩で王都入りした方だろう。証拠に、
「それに、面白い嬢ちゃんの護衛を受けたねぇ」
 意味深に笑う目が、柔和な老婦人とは異質な光を灯す。思い出す。女将は ただの 口入屋ではなく、また見た目通りの女将でもない。かなりの情報網を持っているのは事実だ。情報屋なのかは確認したことはないし、もう一つの噂についても深入りしたくはないが。
「しかし、ちと厄介だよ。黒衣嬢ちゃんの課題は南陸かい」
 目的地も理由もお見通しって、反則過ぎませんか?
 女将はアルベザイドの疑惑を察したかのように、胡乱な視線に作った真面目顔で「そりゃ、あれだけ騒げば」見返す。
「騒ぎ?」
「そう、あの見栄っ張りバカ商人は、自分の手柄でもない材料で喧伝する気さ」
 ……意味は分からないが、嫌な予感を掻き立てる物言いだ。
「俺は荷馬車の札を貰いに来たんだけど」
 口入屋はただ仕事を仲介するだけでなく、仕事内容によって人材の斡旋もする。よって新顔にはロクな仕事は回してもらえないのだが、回数をこなせば特技に合わせた仕事を紹介してもらえるようになる。
 その「仕事」は、雇用主が募集内容を札に書いて口入屋の壁に並べていく。このシステムから別に札屋とも呼ばれる。
 それなのに。
「必要ないだろう」
 仕事仲介の拒否を宣言されてしまった。ますます深まる嫌な予感に、完全に傍観者の女将は楽しげに「ほら来たよ」通り奥を指差す。
 見ると、もうすっかり日も落ちた薄闇の中を小さな光と小さな影が動いていた。多分、子供が二人、ランプか何かを持って駆けてくるようだ。
「今日は豪華な食事と上等な寝床にありつけるさ」
 そう、完全に「傍から見る分には楽しそう」な笑顔で振られる手は、可愛らしい婦人、の規格から外れたゴツさを示している。手だけ違和感があり、そして手だけは誤魔化せない。
「頑張ってね」
 見かけを裏切った笑顔は、本当に可愛いのだけれど。

 んで結局。
 その夜に王都の商家で、主催者曰く「ささやかな宴」が開かれた。商人は養いっ子の進学を祝い、課題を労った。そして長旅を心配し、港町まで専用の馬車を仕立てようと申し出た。
 ありていに言えば、かなり大々的に。
 きっと、王都中に噂が巻かれたに違いない。

     ◇

 学徒の身分を示すチョーカーをガーネ嬢が外したのは、王都出発の朝だった。
 身分を証明してくれる首飾りを、ガーネ嬢は馬車に乗り込んでから外し、大切に仕舞い込んだ。
 つまり、今まで身に着けていたのは後援者への建前か。
「私だって、ちゃんと考えています」
 向いに座るアルベザイドの視線に気付いた彼女は、ツンケンドンに応える。相当に意外そうな顔でもしていたのか、睨んでくる目が怖い。
「南陸へ行くのですから、自分から魔法使いですなんて宣伝しないわ」
 チョーカーは学徒の証明で、つまり魔法使いである印だ。王国、ひいては北陸全般において、首飾りは身分を表す。まぁ習慣として残っているのは魔法使いだけで、一般人は装飾品でしかないけれど。
 南陸では完全にファッションと化している首飾りだが、逆に「いかにも北陸人」が首飾りをつけていると「魔法使い気取りが」侮蔑され、地域によっては直接の危害まで加えられる可能性もある。
 よって、より目立つチョーカーを外すガーネ嬢の判断は間違っていない。
 間違っては、いない、けど――
「今更遅い」
「え?」
 アルベザイドは、ガーネ嬢からすれば初めて不機嫌そうに呟いた。聞き返しても気だるそうに流れる景色を眺めるばかりで、思索にふける「ふり」をしていた。

   ◆ ◇ ◆



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