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Act.02 聖樹の祝福 (01)


   ◆ ◇ ◆

 人生、何事も誤算はつきものである。
「こんなはずじゃ」とか「あの時にこうしておけば」とか、思い返してみればアレコレあったりもするけれど、完全な祭りの後であり、のっぴきならない現実からの逃避でしかない。
 それでも「あの時に」と思ってしまう事柄があるわけで、アルベザイド・ディーアの場合、己の一言に起因する。

     ◇

「どうせ王都へ行くなら、キラテ様へ挨拶だけでもしたいのだけれど」
 慌ただしい出発から一夜明け、まずは王都へと向かう道すがら、ガーネ嬢が唐突に言い出した。
 キラテ様って誰だろう、と考え、王宮御用達の豪商の名だと思い出した。あまりいい噂はないが「やり手」と聞く。地方巡回の行商人が一代で伸し上がったのだから強引なのは当然か。しかし魔道士を志す者が後見人といえども商人相手に「様」をつけて呼ぶべきかどうか、やや悩む。
「どうせ数日中には伺う予定だったし、王都に来て素通りなんて礼儀に反するし」
 そういや師ウィードに会いに行く時も服やら礼だのと言っていた。細かいところまで礼儀作法にうるさい奴だったらどうしよう、と、礼式の成績だけはいいアルベザイドは慄く。
「宿で故郷には手紙を書いたのですけどね」
 ガーネ嬢の発音が「手紙」のところだけチクチク刺さる。
 アルベザイドは生返事をしながら、平坦でよく整備された街道を無意識に急いだ。
 別に、急ぐ必要はない。ただ昨夜の、薄闇の中を転がり落ちるように急いだ山道の下りより歩きやすく、岩場と林に遮られた閉塞感から広い街道への安心とで、進みやすいだけだ、と己の心内へ言い訳した。
 本当に、街道へと続く学舎の道は酷かった。どうやって建築資材を上げたのだろうと悩むほど、獣道と間違えそうな細さと険しさだ。学舎では大人数が生活しているのだから食糧とか物資とか、毎日とはいかなくとも頻繁な往来があるはずが、学舎だけに続いている道はしばらく誰も通らなかったように荒む場所もあった。
 だから、学徒の間では噂がある。
「魔道士の塔には、きっと移門(ゲート)があるんだ」
 山道の荒れようや、御師の理由ない不在とか、学徒が囁く噂は信憑性があるような気になるが、移門は気軽に存在する魔法具ではない。基本的に、各国の王族しか使えないはずだ。どんな理屈か現物を見たことのないアルベザイドには分からないが、使用条件が「王族」と限定されている以上、何某かの精霊を介しているのだろう。
 半分は伝説のように語られるが、王は大地を統べる精霊と契約する。精霊とは、聖典によれば「神が名付けし世界の化身」であり、実際に世界を構成するそのものである。
 ……真顔でコレを語ると南陸人は引く。まぁ、仕方がない。精霊なんて魔法使いだって感知できない。魔道士といえども、視覚出来得るものは稀だろう。
 しかし、自分では非常に残念なことに、アルベザイドは精霊が存在すると知っている。
 自身が決して信心深いと自覚しないから、信仰は関係ないのかもしれない。
 それでも『神々の御言葉(ティツスール・ネイア)』のほとんどは精霊へ働きかけて発動するので、魔法は神聖視されている訳で。
 もっとも、果たして神話と魔法のどちらが先に存在していたのか、アルベザイドに知る術はない。真剣に知りたいとも思わないし、異端審問は怖い。
 ただ、今は異端審問より直接的に厄介な存在が嫌味を利かせている。

 アルベザイドはちらり後ろを振り返る。そこに、我関せずを決めこんだムスターニの無表情があった。旅慣れでもしているのか手荷物は少ない。昨夜夕食を食いっぱぐれた時も今朝の早朝出発にも、何一つ愚痴を言わずに大人しく足を進める。有り難い半面、不気味だ。ガーネ嬢のように文句を山積みされても困るが、本当に反応が乏しい。
 まぁ仏頂面で無口な彼に、もとより気のきいた仲裁など期待はしないが。
 前に向き直ると、優美で長い尾っぽが揺れていた。見慣れつつある斑模様は、しかし知っているサイズではない。仔馬のごとき大きさではなく、大人になりきっていない子猫のような大きさで、本当にただの猫のようだ。ただし特徴的な羽根耳はそのままで、尾も猫より長くふさふさしている。
 ムスターニの従者である霊妖ミトランシャーネは、子猫サイズに縮小していた。
 その子猫サイズが学徒三人を先導するよう小さなステップを踏んでいるみたいに歩いている。傍目からすれば微笑ましい光景で、街道を行きかう幾人かは目元を綻ばせて見送っていく。
 この癒し系効果は、幸いにしてガーネ嬢にも有効であった。
「ミーちゃん、疲れない?」
 原型を知っていても見てくれは子猫へ、ガーネ嬢はそれこそ猫なで声をかける。アルベザイドへの嫌味とは雲泥の差で、師ウィードとは違う意味の聞き違いを疑った。
 子猫はちらりとガーネ嬢を見やったが、それこそ猫らしく無視した。が、彼女は一向に気にしなかったらしい。
「ほぉーら、おいでぇ」
 ててっと駆け寄り、逃げる素振りをした猫より早く抱き上げた。少し毛長の毛触りを頬で一度だけ楽しみ、肩掛け袋へひょいと入れる。一連の動作はとても滑らかで、逃げそこなった霊妖は憮然としていたが、諦めたのか袋から顔だけのぞかせて大人しくおさまる。
「ミーちゃんはイイコだねぇ」
 ガーネ嬢は上機嫌だが、「ミーちゃん」呼ばわりされている霊妖は耳を神経質に振るわせた。
 まぁ、少し変わった猫を「ミトランシャーネ」とフルネームで呼べば、少し魔道に詳しい者ならば或いは感づくかもしれないので、霊妖を愛称で呼ぶこと自体、アルベザイドは反対しない。でも「ミーちゃん」は安直すぎないか?
 後に、かーなり後に「トラは愛称で呼ぶと怒る」と某氏から教えられるが、かなりすっかりと後であり、責める非はこちらにない、と思う。

「で、いいですよね?」
 ガーネ嬢は瞬時に不機嫌モードへ切替えてアルベザイドを睨む。
 忘れかけていたが、後援者訪問の件だ。
 何故に一々許可を求めるのだろうと思いつつ、返答する。
「いいですよ」
 口が裂けても女性に「どっちでもいいよ、好きにすれば」と言えない貴公子だった。

 しかしながら、これが最初の敗因となる。

   ◆ ◇ ◆



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