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Act.01 導師の課題 (06)


   ◆ ◇ ◆

 師ウィードは、とても嬉しそうだった。
 学徒をからかい困らせ、反論したくても言葉に出来ない悔しさを滲ませる顔を眺めて、とても嬉しそうだ。
 腹黒い趣味だ。この、本人に言わせれば「他愛なき遊び」の毒牙にかかって、多くの魔法使いが(尋常でなく)たくましく『ひねくれた』。
「魔道士は偏屈だ」の偏見は、師ウィード一人がせっせと広めたのではなかろうか。
 やがて三人の学徒と従者は部屋を出て行く。
 結局「こちら」に気付いていたのは、余計なコトも必要なコトも何一つ喋らなかった無口バカの遅刻魔だけ。
 当然といえば、当然かもしれない。逆にガルディアの「姿消し結界」が学徒に見破れてしまうようでは、使い物にならないし、彼個人の沽券に関わる。
 屈辱に震えるガディというのも、見てみたい気は(とっても)するけど。
 嗜好を満足させたはずの魔導師は、しかし変わらぬ魅惑的な笑みのまま、鼻歌まで歌いだしそうな上機嫌さでサイズの合わない執務座席に納まると、ゆったると頬杖をついた。
「そなた等も、急ぐがよい」

 ブチッ

 何の音か? 確認するまでもない。
 師の上機嫌さも納得がいく。「遊び」の対象は、なにも学徒に限らない。
「足手まといを増やすなど、何をお考えですか」
 床を這うごときの重低音で、怒りを隠そうともしないガルディアが言った。
 となりをチラリと見る。肩に力が入っているのは丸分かりだし、マントに隠れた手元が硬く握られているのも簡単に察す。しかし、まだ顔が赤くない。首筋まで赤くなったら緊急避難モノだけど、顔色だけ見ればまだ平静だった。
 さっきの切れのは、神経の表層弦だったらしい。
 彼は短気だが、神経は太い。その太さ分の忍耐力もあるはずで、つまり師は喜々と限界に挑戦するつもりなのか。
 冗談じゃない。「遊び」程度で命など賭けられるか。
「不都合あろうか?」
 師の(見え透いた)挑発に乗りかかる脇腹へ、肘鉄をガンッと入れてやる。
 肘を保護する防具つきの一撃に、しかし痛がりもふらつきもせず、一瞬だけ息を詰まらせ、ふと、怒気が緩んだ。
「不都合は、あります」
 今度の台詞は、声音も平静だった。
 もう一度隣を見る。
 ガディの顔は視線より頭一つ半上にある。造作は、多分それなりにイイとは思う。しかし太い眉の真ん中にある眉間には縦皺が深々と定着し、口元はへの字。無駄にデカイ長身から見下ろされると「不機嫌」「不遜」の威圧しか感じないから困りものだ。
 短く刈り込まれた赤毛と、マントを着ていても分かる鍛えた身体から、多くは彼を「剣士」か「闘士」と間違える。
 素質は「そっち」が向いている気もするけど、ガディの生業は「魔法使い」である。
「ソフィ」
 呼ばれて、魔導師へ向き直る。見えたのは、なんとも哀しそうな翠の瞳だ。玩具を取り上げられて泣き出す寸前の子供みたい。
 ソフィは、ただ肩をすくめた。保身に徹しただけだ。師の「楽しみ」を横取りしてしまったのは、仕方ないと言える。
「良き妹であるな、ガルディア」
「まったくです」
 つまらなそうな表情だから嫌味だろうが、ガディは大きく頷いた。
 ――あまり、嬉しくない。
 幼い翠瞳が「くふり」と笑んだ。このタヌキ魔導師、どうやっても相手の感情を逆撫でしないと気が済まぬらしい。
「あなたは、たかが学徒を死地に追いやろうとなさっている」
 ガディは冷静だった。累が自分へ及ばぬ限り、彼は無限に冷静だ。思い返すに、この堅物を逆上できる人物は二人しか知らないが。
 その一人である師ウィードは、しかし「死地、か」呟き、珍しくも苦笑を刻む。
 ガルディアの表現は、ある意味で間違ってはいない。
 物事の表面だけを見れば、学徒が他国の魔導師を訪ねる程度、多少の旅の危険も勉強のうちだ。むしろ街道や他国の実情を体感できるのだから、なによりの経験となる。
 けれど今回に限れば、あの昼行灯が絡む以上「多少の危険」では済まない。
 彼一人ならまだ事態は想定内だが、連れの学徒二人を死なせる訳にはいかないのに。
「誰が死ぬ必要はない」
 子供に見える魔導師が、唐突に言った。見上げると、笑っていた。からかう為でなく、慈しむように。
「楽観が過ぎませんか」
「うぬは悲観が過ぎる」
 両者の主張は平行線な上、溝が深く広い。
 どちらにしても学徒の采配は「学舎」の責任だ。ガルディアがいくら苦情を申し立てても(師にその気がないなら)覆らない。我々も呑気に構えていられる余裕はない。学徒たち同様、早急に出発しなければならないのは同じなのだ。
 要するに「こっち」の負担が増えるだけかな、とも思う。
 と、ガディが深い深い溜息をついた。
 師と不毛な言い争いをしながら、現状を検分して結論を出したらしい。器用な頭をしている。別の言い方をするなら、考えをまとめる間くらい静かにしていて欲しいものだが。
「奇跡は期待しないで頂きたい」
「期待しておる。応えよ」

 ビキッ

 あ、何かがひび割れた。
 何か? もちろんガディの「冷静なフリした上っ面」だ。
 ソフィは素早く礼をすると、滑るように移動して部屋を出た。背にした扉が閉まると同時、大気が振動する。
「なに考えてんだアンタはっ!」
 魔導師を、まして師ウィードを相手に「アンタ」呼ばわりするガディを褒めるべきか、ガディの臨界点を引き下げるに情熱を注ぐ師を嘆くべきか、迷うところだ。
 しかし、悠長に現実逃避している暇はない。急ぐ旅であるし、「お荷物」が増えてしまった分の準備とかもある。
 石頭の兄が爆発しているのなら、尻拭いは妹が取るしかないだろう。
「本当に、世話の焼ける」
 ひょっとして今回の旅で、一番の足手まといはガディかもしれない。

     ◇

 ただ一人の部屋でつく溜息は、どうしても大きく感じる。
 自分の吐息の音に驚いて、ウィードは自分の行動に気がついた。
「気の弱い」
 頭を振り目を上げて見回しても、すでにガディもソフィもいない。それどころか明かりの灯らぬ室内は、月夜の窓外より暗くなっている。
 すでに新旧の教え子たちは麓の宿に着いただろうか。
 ウィードは椅子から飛び降りて、窓に寄った。
 上弦の月は半分ほど。それがこれほど明るく感じられるなど、己が周囲の闇がどれほど深いのだろうと埒もない思考に囚われそうになる。
 それほど、確かに気弱なのだろう。
 窓を背に振り返る。見えるのは、ウィードにとっても巨大な扉だ。重厚で、木の古い光沢と神話の彫刻とで、師の執務室を初めて訪れる者は「とても美しい」褒める。
 しかし実際、自分では開閉に苦労するこの扉は、あまり好きではなかった。

「奇跡はすでに成された」

 学徒たちを、そしてかつての教え子たちを「死地」へ送り出した扉を見つめ、ウィードは「ほぅ」と息を吐く。
 その表情は彼等の見慣れたモノではなく、ひどく疲れた老人のよう。
「もう一度(ひとたび)を期するは、愚考であろうか?」
 問いかけても、誰も答えてはくれない。
 返答ならすでに胸の内にある。しかし、現実がその通りとなるかは、わからない。
「誰が死ぬ必要は、ない」
 奇跡がもう一度起こればいい。何しろ実例が目の前にあったのだ。
「誰が死ぬ必要も、ない」
 そんな『くだらない』ことで命を賭ける価値など、なにもない。
 かつての友は、知っていたはずだ。真実を、知っていた。
 それなのに、真理を捻じ曲げてしまうほど、柵(しがらみ)は重いのだろうか。

「誰も、死ぬな」

 心細いほど、小さな声は掠れていた。

   ◆ ◇ ◆



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