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Act.00 父の厳命


 父の書斎は、苦手だった。
 部屋は広く天井も高い。壁があるべき場所には代わりの書棚がみっちりと並ぶ。収められているのは色とりどりで見慣れぬ文字が踊る書物とか、不思議な匂いと形の物品とか、色々と好奇心を刺激してくれる、の、だが――
 それでも、やはり父の書斎は苦手だった。
 書斎の奥に巨大な机が設えてあり、そこが父のお気に入りの場所。革張りの柔く大きな椅子に父が厳めしく座り、それだけで部屋に入りたい気分は失せる。
 要は父が苦手だったのかもしれない。
 まして父に呼ばれ、書斎の机の前で、爪先もとどかない背の高い椅子に座らされ、見上げれば父、という状況で、心落ち着く訳もない。
「……足を振るな」
 鋭い声が降った。父ではない。声が怖い。チラリと見れば、父の隣に兄が立っていた。一番上の兄だ。それだけで、さらに気分が重くなった。長兄はよく判らない事でクドクドと怒る。また何か小言だろうか。こんな大きな椅子に座らされては、途中で逃げる事も出来ない。
「ミトランシャーネを呼んでも、無駄だぞ」
 忠実で優しい友人の名前を持ち出され、背後の扉の向こうに居るはずの彼を思っていた心臓は、まさに縮み上がった。身を竦めて長兄を見ると、父そっくりの厳つい顔で「やれやれ」大仰に溜息を吐かれた。
「父上、本気ですか?」
 長兄は、物言いは家長におもねる風であるが、ずいぶん不遜な態度でナゲヤリだった。父は長兄をちょっと見やり、この顔しか出来ないんじゃないかと疑う仏頂面で目前の不肖な子供を見据えた。
 もちろんこの誤解は成人する頃に解けた……と思う。
「学舎へ行け」
 重低音の声で言う。この声音は好きだ。何故だか安心する。しかし、耳慣れない単語が混じった。『まなびや』ってなんだろう?
「何度でも申しますが、それは無理です」
 長兄は断じた。腕を組み、父を上から見下ろして、えらく偉そうだ。長兄は、父以上に家に居ない。長いと半年も居ない。たまに居ると、小言を食らう。昼間に居る事も滅多にないから、父の書斎に呼ばれて長兄が居る、という場合は余りない。
「屋敷以外で生活など出来ません」
 なんのことか、やはり長兄の言う事はよくわからない。
「我家の恥を晒すおつもりか」
「屋敷内で育てようと言ったは、おまえだ」
 父が長兄を見やる。長兄はちょっと憶したが、聞いた事もない語彙を多用して何かを言い撒いていた。そして、気付いて怒る。
「寝るなっ!」
 気持ち良い眠気に任せていたところへ怒声が落ちた。お陰で椅子から落ちてしまった。床は思ったより近かったが、激突する前にフワリと止まる。そのままもう一度椅子の上に引き上げられ、助け手が優しく微笑み「ありがとう」礼を言うと遠退いて、消えた。
 一息つけて机へ向き直ると、滅多に見れぬ長兄の丸目玉があった。しばし硬直し、長い息を吐いて頭を抱える。父は相変わらずの仏頂面で、ただ顎鬚を撫でていた。
「……おわかりでしょう。無理ですよ」
「無理か否か、自分で決めさせい」
 長兄の声は震えていた。急に、泣きたい気分になる。大好きな父の声音がなければ、本当に泣いていたかもしれない。
「おまえは、学舎へ行け」
 深い碧の瞳で見据え、深く染み入る声で言う。父は苦手だったが、好きでもあった。理由は、よくわからない。
 理由など、なくても良いのかもしれない。
「多くの知識を学び、多くの経験を積み、『世界』を見てこい。知って、理解して、どうしたいのかを決めなさい」
 父はゆっくりと、わかりやすい言葉で語る。その言葉に何と応えたか、実は覚えていない。眠くて、本当に眠くて、何か言った気はするが、目が覚めるとベットの中で、ただ闇雲に「学舎へ行かなきゃ」決心していた。
 学舎が何かも知らず、そこに何があるのかも知らず、そもそも知らない事も判らずに、決心だけは固かった。
 あの頃は何も知らなかった……と思える様になったのは、つい最近の事である。好きか苦手かですべてを分け、それ以上も以下もない、平穏で、閉じられた小さな『世界』
 でもやっぱり、あの『世界』も好きだった。
 理由は、そんなのなくても良いと思う。



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