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Act.02 聖樹の祝福 (02)


   ◆ ◇ ◆

 王都前に辿り着いたのは、翌日の夕刻だった。
 風が冬を引き戻そうとするかのように冷たくなり、空はうっすらと赤が差している。薄い三日月が東の空に冴えていた。
 そんな夕刻だというのに、人も荷馬車も往来が多い。街門前は喧噪に包まれている。市場はとうに閉まっているだろうに、馬子達は殺気立って怒鳴りあい、少しでも早く城下へ入ろうとしていた。それだけでなくこの時間から出発するのか門から出て行こうとする集団もあり、いくら衛士が誘導しようと騒ぎは収まらない。
 キャディルの王都は、国の規模から考えれば小さい方だろう。王城も、国政を担う議会や貴族院も小さく……良くいえば機能的にまとまっている。
 むしろ、王都にて王城より幅を利かせているのは商業地区だ。キャディル王国は南陸と交易できる数少ない港を有する国であるから、扱われる物資も多い。ただ北陸他の三ヶ所より規模が小さく、国策的には残念な結果となっている。
 それでも、やはり街門前は騒がしい。慣れていない者は大抵驚く。そして彼女も、とても素直に驚いていた。
 ガーネ嬢は唖然と見ていて、ムスターニに腕を取られ端へ寄せられたのにも気づかなかった。その脇を十人以上の短い焦茶のマントをはおる一団が駆けていく。向かうのは街外で、手荷物もなく全力疾走って、すでにガーネ嬢には理解できない。
「あれは配送人だよ。昔風に言えば飛脚かな」
「え? 飛脚? 未だに?」
 教えてくれたのはアルベザイドで、ガーネ嬢は素っ頓狂な声を上げた。
 昔は手紙を専門に配送する職業があったが、街道整備と治安の安定で物流に困らない。また急な書簡は教会が仲介をしてくれる。皮紙に専用のインクで書かれた文章が「双子水晶」と呼ばれる欠片に触れると、別の教会の「水晶」に敷かれた皮紙へ写るのだ。たまに意味不明の記号と化すこともあるそうだが、教会が点在している現状、火急の用件ならばこれで事足りる。
 どうやったって人間一人で届けるには遅くなるのに、飛脚が何故まだあるのか。
「秘密厳守の教会にも知られたくない書簡とかね。それに予想より意外と早いらしいよ。方法は知らないけど」
 アルベザイドは愛想よく笑い「さあ、早く門を抜けないと」促す。
 定刻に街門は閉められる。締め出されたら今日も野宿だ。確かに急がなければならないが、あの混乱の中へ飛び込むにも度胸がいる。
 前に王都へ来た時はどうしたのかと思い出しかけていると、一人で先に歩いていくムスターニの背中が見えた。その先に、荷車で犇めく街門の隣にもう一つの門が見えた。小さいが、人間が通るには充分の広さのそれを、やはり大人数が行き交っている。
 つまり、こっちを通ればいいのだ。
 ガーネ嬢はややムッとした顔をすると、背を正して歩き出した。小走りと言える速度でムスターニを追い越していく。アルベザイドは苦笑して、二人の後に続く。
 人間用の街門にも衛士がいて、通り過ぎようとする珍妙な三人組へ無遠慮な視線を投げるも、すぐに外された。ガーネ嬢の喉元に注目していたから、彼女の身につけるチョーカーの意味を正しく理解したのだろう。
 彼女のチョーカーは、学徒の身分を保障するものである。学舎は王の許可された施設ではないが、公認であるために国内では様々な支援を受けられる。
 例えば、宿代がタダだ。
 いや、厳密には無料でなく、後でまとめて請求が来るが、とにかく学徒であると分かればその場の請求は学舎へ回り、学舎が支払ってくれる。国内の移動に関しては無銭でもまるで困らない。
 魔法使いは魔道士も含めて、首飾りで身分を示す。北陸人は首飾りを好み、昔は魔法使いに限らず身分を示したが、今は装飾品の役割である。それでも首飾りをせず武器を持つ者を「首なし」と呼び、大概は傭兵なのだが、忌諱される。
 今のアルベザイドがちょうどソレだ。他の装飾は一切なく、腰には (ソード) とも 短剣(ダガー) とも呼べない、中途半端な長さの剣がささっている。
 対してムスターニも学徒を示すチョーカーはしていないが、首からは鎖の細いペンダントが下がっている。ただ飾り石が小さすぎて、パッと見の種類までは分からない。
 確かにこの年若い三人は、傍から見れば珍奇な組合せだった。

 何事もなく街門を通過し、ガーネ嬢は知らず安堵の息をつく。
 今更ながらに、背後の喧騒を呆れ顔で振り返った。
「なんであんなに混んでいるのかしら?」
「理由は色々あるけど、一番の原因は、キャディルの街道は宿場同士の距離が長いんだ。徒歩で旅する人間は途中で野宿しなきゃならないし、馬車でも日暮れ近くに到着する。商業に力を入れている国ではもっと便利だけど、まぁ王国では教会有りきだからな」
 アルベザイドの澱みない説明に納得し「ふぅん」相槌を打つも、ついで頬へ朱が走る。これでは自分がただの物知らずではないか。
 身を硬くしたガーネ嬢を、しかし貴公子は構わなかった。
 この二日で才女の気性を了解した彼は、はぐらかす為に唸ってみせる。
「さて、どうするかな」
 言いながら、足は目的地へしっかりと進んでいる。後の二人は付いてくるだけだが、まだ自覚していないらしい。
「どうするって、今夜の宿を探して、明日はペナンへ出発でしょ」
「そうなんだけど、さ」
 昨日の野宿で話し合った内容だ。もっとも「話し合い」というほど細部を詰めた訳じゃない。
 王都から南陸へ行くための船場で一番近いのは港街の聖ペンネだ。
 ペンネは聖地であり、聖樹の根が張る港街である。
 王都から聖ペンネへの移動手段は二つ。徒歩か、馬車か。
 行き先に聖樹があるので巡礼者も多く、彼等はたいてい歩いていく。二枚貝の珠層を木の葉の形に削り出し、コレを背中側につるして長い街道を踏破する。
 他に巡礼者の為の馬車も定期的にあるが、数が少なく、もちろん料金もかかる。
 よってアルベザイドは、仕事をしながら聖樹を目指すつもりだった。
 この課題の旅にあたり、学徒たちは金銭的な援助はされていない。その気になれば学舎から借り入れることもできたが、早々に追い出されてその暇がなかった。他に手がないこともないのだが、出来得る最短時間で南陸を目指すなら、やはり慣れた手順を踏むのが一番早い。
 実際はムス……いや、この案件を知るのはもっと後だ。

「荷馬車の臨時雇い?」
 提案を出した時、ガーネ嬢は不思議そうな顔をした。
 王都から聖ペンネまでの行程は巡礼の道であり、交易の道だ。南北陸の貿易が盛んで、荷馬車が夜毎日毎に行き交っている。数が多い故に、臨時仕事も事欠かない。荷番や馬の世話、賄いや辻町での売り子、荒事では武器を携帯する護衛、なんてのもある。まぁキャディル王国内であれば治安の心配は少ないが。
 目的地まで馬車で移動できる上に、賃金も貰える。一石二鳥だ。
「えっと、どうするの?」
 予備知識のないガーネ嬢は気後れしているらしい。アルベザイドは掻い摘み説明して、大通り市場の隅に専用の口入屋がある、と続けてから考えた。
 そういやガーネ嬢には用事がなかったか?
「後援者への挨拶って、本気で行くのか?」
「行かないでどうするのよ」
 ガーネ嬢は信じられない程に無礼を極めた者を見る目だ。よく分からない理屈だが、彼女には彼女の理由があるのだろう。どのみち仕事が決まっても今日直ぐに出発と言うことはあまりない。口入屋で待ち合わせる約束をして、分かれた。
 なぜか立ち去るガーネ嬢の後ろをミトランシャーネが付いていき、上機嫌となった彼女がまた抱き上げている後姿を見送る。
「いいのか、あれ?」
 本体に主人であるムスターニに聞いたが、彼は無表情の頭を浅く頷かせるだけで、何も言わなかった。
 何処まで行っても、いつも通りの反応である。

   ◆ ◇ ◆


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Act.02 聖樹の祝福 (01)


   ◆ ◇ ◆

 人生、何事も誤算はつきものである。
「こんなはずじゃ」とか「あの時にこうしておけば」とか、思い返してみればアレコレあったりもするけれど、完全な祭りの後であり、のっぴきならない現実からの逃避でしかない。
 それでも「あの時に」と思ってしまう事柄があるわけで、アルベザイド・ディーアの場合、己の一言に起因する。

     ◇

「どうせ王都へ行くなら、キラテ様へ挨拶だけでもしたいのだけれど」
 慌ただしい出発から一夜明け、まずは王都へと向かう道すがら、ガーネ嬢が唐突に言い出した。
 キラテ様って誰だろう、と考え、王宮御用達の豪商の名だと思い出した。あまりいい噂はないが「やり手」と聞く。地方巡回の行商人が一代で伸し上がったのだから強引なのは当然か。しかし魔道士を志す者が後見人といえども商人相手に「様」をつけて呼ぶべきかどうか、やや悩む。
「どうせ数日中には伺う予定だったし、王都に来て素通りなんて礼儀に反するし」
 そういや師ウィードに会いに行く時も服やら礼だのと言っていた。細かいところまで礼儀作法にうるさい奴だったらどうしよう、と、礼式の成績だけはいいアルベザイドは慄く。
「宿で故郷には手紙を書いたのですけどね」
 ガーネ嬢の発音が「手紙」のところだけチクチク刺さる。
 アルベザイドは生返事をしながら、平坦でよく整備された街道を無意識に急いだ。
 別に、急ぐ必要はない。ただ昨夜の、薄闇の中を転がり落ちるように急いだ山道の下りより歩きやすく、岩場と林に遮られた閉塞感から広い街道への安心とで、進みやすいだけだ、と己の心内へ言い訳した。
 本当に、街道へと続く学舎の道は酷かった。どうやって建築資材を上げたのだろうと悩むほど、獣道と間違えそうな細さと険しさだ。学舎では大人数が生活しているのだから食糧とか物資とか、毎日とはいかなくとも頻繁な往来があるはずが、学舎だけに続いている道はしばらく誰も通らなかったように荒む場所もあった。
 だから、学徒の間では噂がある。
「魔道士の塔には、きっと移門(ゲート)があるんだ」
 山道の荒れようや、御師の理由ない不在とか、学徒が囁く噂は信憑性があるような気になるが、移門は気軽に存在する魔法具ではない。基本的に、各国の王族しか使えないはずだ。どんな理屈か現物を見たことのないアルベザイドには分からないが、使用条件が「王族」と限定されている以上、何某かの精霊を介しているのだろう。
 半分は伝説のように語られるが、王は大地を統べる精霊と契約する。精霊とは、聖典によれば「神が名付けし世界の化身」であり、実際に世界を構成するそのものである。
 ……真顔でコレを語ると南陸人は引く。まぁ、仕方がない。精霊なんて魔法使いだって感知できない。魔道士といえども、視覚出来得るものは稀だろう。
 しかし、自分では非常に残念なことに、アルベザイドは精霊が存在すると知っている。
 自身が決して信心深いと自覚しないから、信仰は関係ないのかもしれない。
 それでも『神々の御言葉(ティツスール・ネイア)』のほとんどは精霊へ働きかけて発動するので、魔法は神聖視されている訳で。
 もっとも、果たして神話と魔法のどちらが先に存在していたのか、アルベザイドに知る術はない。真剣に知りたいとも思わないし、異端審問は怖い。
 ただ、今は異端審問より直接的に厄介な存在が嫌味を利かせている。

 アルベザイドはちらり後ろを振り返る。そこに、我関せずを決めこんだムスターニの無表情があった。旅慣れでもしているのか手荷物は少ない。昨夜夕食を食いっぱぐれた時も今朝の早朝出発にも、何一つ愚痴を言わずに大人しく足を進める。有り難い半面、不気味だ。ガーネ嬢のように文句を山積みされても困るが、本当に反応が乏しい。
 まぁ仏頂面で無口な彼に、もとより気のきいた仲裁など期待はしないが。
 前に向き直ると、優美で長い尾っぽが揺れていた。見慣れつつある斑模様は、しかし知っているサイズではない。仔馬のごとき大きさではなく、大人になりきっていない子猫のような大きさで、本当にただの猫のようだ。ただし特徴的な羽根耳はそのままで、尾も猫より長くふさふさしている。
 ムスターニの従者である霊妖ミトランシャーネは、子猫サイズに縮小していた。
 その子猫サイズが学徒三人を先導するよう小さなステップを踏んでいるみたいに歩いている。傍目からすれば微笑ましい光景で、街道を行きかう幾人かは目元を綻ばせて見送っていく。
 この癒し系効果は、幸いにしてガーネ嬢にも有効であった。
「ミーちゃん、疲れない?」
 原型を知っていても見てくれは子猫へ、ガーネ嬢はそれこそ猫なで声をかける。アルベザイドへの嫌味とは雲泥の差で、師ウィードとは違う意味の聞き違いを疑った。
 子猫はちらりとガーネ嬢を見やったが、それこそ猫らしく無視した。が、彼女は一向に気にしなかったらしい。
「ほぉーら、おいでぇ」
 ててっと駆け寄り、逃げる素振りをした猫より早く抱き上げた。少し毛長の毛触りを頬で一度だけ楽しみ、肩掛け袋へひょいと入れる。一連の動作はとても滑らかで、逃げそこなった霊妖は憮然としていたが、諦めたのか袋から顔だけのぞかせて大人しくおさまる。
「ミーちゃんはイイコだねぇ」
 ガーネ嬢は上機嫌だが、「ミーちゃん」呼ばわりされている霊妖は耳を神経質に振るわせた。
 まぁ、少し変わった猫を「ミトランシャーネ」とフルネームで呼べば、少し魔道に詳しい者ならば或いは感づくかもしれないので、霊妖を愛称で呼ぶこと自体、アルベザイドは反対しない。でも「ミーちゃん」は安直すぎないか?
 後に、かーなり後に「トラは愛称で呼ぶと怒る」と某氏から教えられるが、かなりすっかりと後であり、責める非はこちらにない、と思う。

「で、いいですよね?」
 ガーネ嬢は瞬時に不機嫌モードへ切替えてアルベザイドを睨む。
 忘れかけていたが、後援者訪問の件だ。
 何故に一々許可を求めるのだろうと思いつつ、返答する。
「いいですよ」
 口が裂けても女性に「どっちでもいいよ、好きにすれば」と言えない貴公子だった。

 しかしながら、これが最初の敗因となる。

   ◆ ◇ ◆


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