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Act.01 導師の課題 (06)


   ◆ ◇ ◆

 師ウィードは、とても嬉しそうだった。
 学徒をからかい困らせ、反論したくても言葉に出来ない悔しさを滲ませる顔を眺めて、とても嬉しそうだ。
 腹黒い趣味だ。この、本人に言わせれば「他愛なき遊び」の毒牙にかかって、多くの魔法使いが(尋常でなく)たくましく『ひねくれた』。
「魔道士は偏屈だ」の偏見は、師ウィード一人がせっせと広めたのではなかろうか。
 やがて三人の学徒と従者は部屋を出て行く。
 結局「こちら」に気付いていたのは、余計なコトも必要なコトも何一つ喋らなかった無口バカの遅刻魔だけ。
 当然といえば、当然かもしれない。逆にガルディアの「姿消し結界」が学徒に見破れてしまうようでは、使い物にならないし、彼個人の沽券に関わる。
 屈辱に震えるガディというのも、見てみたい気は(とっても)するけど。
 嗜好を満足させたはずの魔導師は、しかし変わらぬ魅惑的な笑みのまま、鼻歌まで歌いだしそうな上機嫌さでサイズの合わない執務座席に納まると、ゆったると頬杖をついた。
「そなた等も、急ぐがよい」

 ブチッ

 何の音か? 確認するまでもない。
 師の上機嫌さも納得がいく。「遊び」の対象は、なにも学徒に限らない。
「足手まといを増やすなど、何をお考えですか」
 床を這うごときの重低音で、怒りを隠そうともしないガルディアが言った。
 となりをチラリと見る。肩に力が入っているのは丸分かりだし、マントに隠れた手元が硬く握られているのも簡単に察す。しかし、まだ顔が赤くない。首筋まで赤くなったら緊急避難モノだけど、顔色だけ見ればまだ平静だった。
 さっきの切れのは、神経の表層弦だったらしい。
 彼は短気だが、神経は太い。その太さ分の忍耐力もあるはずで、つまり師は喜々と限界に挑戦するつもりなのか。
 冗談じゃない。「遊び」程度で命など賭けられるか。
「不都合あろうか?」
 師の(見え透いた)挑発に乗りかかる脇腹へ、肘鉄をガンッと入れてやる。
 肘を保護する防具つきの一撃に、しかし痛がりもふらつきもせず、一瞬だけ息を詰まらせ、ふと、怒気が緩んだ。
「不都合は、あります」
 今度の台詞は、声音も平静だった。
 もう一度隣を見る。
 ガディの顔は視線より頭一つ半上にある。造作は、多分それなりにイイとは思う。しかし太い眉の真ん中にある眉間には縦皺が深々と定着し、口元はへの字。無駄にデカイ長身から見下ろされると「不機嫌」「不遜」の威圧しか感じないから困りものだ。
 短く刈り込まれた赤毛と、マントを着ていても分かる鍛えた身体から、多くは彼を「剣士」か「闘士」と間違える。
 素質は「そっち」が向いている気もするけど、ガディの生業は「魔法使い」である。
「ソフィ」
 呼ばれて、魔導師へ向き直る。見えたのは、なんとも哀しそうな翠の瞳だ。玩具を取り上げられて泣き出す寸前の子供みたい。
 ソフィは、ただ肩をすくめた。保身に徹しただけだ。師の「楽しみ」を横取りしてしまったのは、仕方ないと言える。
「良き妹であるな、ガルディア」
「まったくです」
 つまらなそうな表情だから嫌味だろうが、ガディは大きく頷いた。
 ――あまり、嬉しくない。
 幼い翠瞳が「くふり」と笑んだ。このタヌキ魔導師、どうやっても相手の感情を逆撫でしないと気が済まぬらしい。
「あなたは、たかが学徒を死地に追いやろうとなさっている」
 ガディは冷静だった。累が自分へ及ばぬ限り、彼は無限に冷静だ。思い返すに、この堅物を逆上できる人物は二人しか知らないが。
 その一人である師ウィードは、しかし「死地、か」呟き、珍しくも苦笑を刻む。
 ガルディアの表現は、ある意味で間違ってはいない。
 物事の表面だけを見れば、学徒が他国の魔導師を訪ねる程度、多少の旅の危険も勉強のうちだ。むしろ街道や他国の実情を体感できるのだから、なによりの経験となる。
 けれど今回に限れば、あの昼行灯が絡む以上「多少の危険」では済まない。
 彼一人ならまだ事態は想定内だが、連れの学徒二人を死なせる訳にはいかないのに。
「誰が死ぬ必要はない」
 子供に見える魔導師が、唐突に言った。見上げると、笑っていた。からかう為でなく、慈しむように。
「楽観が過ぎませんか」
「うぬは悲観が過ぎる」
 両者の主張は平行線な上、溝が深く広い。
 どちらにしても学徒の采配は「学舎」の責任だ。ガルディアがいくら苦情を申し立てても(師にその気がないなら)覆らない。我々も呑気に構えていられる余裕はない。学徒たち同様、早急に出発しなければならないのは同じなのだ。
 要するに「こっち」の負担が増えるだけかな、とも思う。
 と、ガディが深い深い溜息をついた。
 師と不毛な言い争いをしながら、現状を検分して結論を出したらしい。器用な頭をしている。別の言い方をするなら、考えをまとめる間くらい静かにしていて欲しいものだが。
「奇跡は期待しないで頂きたい」
「期待しておる。応えよ」

 ビキッ

 あ、何かがひび割れた。
 何か? もちろんガディの「冷静なフリした上っ面」だ。
 ソフィは素早く礼をすると、滑るように移動して部屋を出た。背にした扉が閉まると同時、大気が振動する。
「なに考えてんだアンタはっ!」
 魔導師を、まして師ウィードを相手に「アンタ」呼ばわりするガディを褒めるべきか、ガディの臨界点を引き下げるに情熱を注ぐ師を嘆くべきか、迷うところだ。
 しかし、悠長に現実逃避している暇はない。急ぐ旅であるし、「お荷物」が増えてしまった分の準備とかもある。
 石頭の兄が爆発しているのなら、尻拭いは妹が取るしかないだろう。
「本当に、世話の焼ける」
 ひょっとして今回の旅で、一番の足手まといはガディかもしれない。

     ◇

 ただ一人の部屋でつく溜息は、どうしても大きく感じる。
 自分の吐息の音に驚いて、ウィードは自分の行動に気がついた。
「気の弱い」
 頭を振り目を上げて見回しても、すでにガディもソフィもいない。それどころか明かりの灯らぬ室内は、月夜の窓外より暗くなっている。
 すでに新旧の教え子たちは麓の宿に着いただろうか。
 ウィードは椅子から飛び降りて、窓に寄った。
 上弦の月は半分ほど。それがこれほど明るく感じられるなど、己が周囲の闇がどれほど深いのだろうと埒もない思考に囚われそうになる。
 それほど、確かに気弱なのだろう。
 窓を背に振り返る。見えるのは、ウィードにとっても巨大な扉だ。重厚で、木の古い光沢と神話の彫刻とで、師の執務室を初めて訪れる者は「とても美しい」褒める。
 しかし実際、自分では開閉に苦労するこの扉は、あまり好きではなかった。

「奇跡はすでに成された」

 学徒たちを、そしてかつての教え子たちを「死地」へ送り出した扉を見つめ、ウィードは「ほぅ」と息を吐く。
 その表情は彼等の見慣れたモノではなく、ひどく疲れた老人のよう。
「もう一度(ひとたび)を期するは、愚考であろうか?」
 問いかけても、誰も答えてはくれない。
 返答ならすでに胸の内にある。しかし、現実がその通りとなるかは、わからない。
「誰が死ぬ必要は、ない」
 奇跡がもう一度起こればいい。何しろ実例が目の前にあったのだ。
「誰が死ぬ必要も、ない」
 そんな『くだらない』ことで命を賭ける価値など、なにもない。
 かつての友は、知っていたはずだ。真実を、知っていた。
 それなのに、真理を捻じ曲げてしまうほど、柵(しがらみ)は重いのだろうか。

「誰も、死ぬな」

 心細いほど、小さな声は掠れていた。

   ◆ ◇ ◆


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Act.01 導師の課題 (05)


   ◆ ◇ ◆

 私には、嫌いなモノが二つある。
 借金とムスターニだ。
 私の家は貧しい。村全体が貧しかったのだと知ったのは学舎へ来てからだが、ともかく毎年冬を越すのにとても苦労するし、森と岩場に囲まれた農地は狭く収穫も上がらない。森と川の恵みに頼らなければ生活できず、それでも、楽しくはあったけど、それでも私の家は貧しかった。
 それなのに、私が魔力を持っていたために、両親は、村の皆は、私に出来るだけの勉強をさせようと頑張ってくれた。村にいた魔法使いも「君には見込みがある」と、学舎行きを薦めてくれた。
 でも、逆さにふっても入学資金などあるはずがない。
 それでも村の皆は頑張って、地主に頼み込んで援助してくれた。
 私は、そうやって学舎に来ている。
 だから、時間が惜しい。少しでも早く修学して、魔導師、最低でも魔道士にならなくてはいけない。
 少しでも皆の借金を増やさないようにしなければ、ならない。
 だからのん気に「お勉強」している奴等は嫌い。あなた達と私では、目標が違う。のうのうと時間を浪費して、金を喰っているのにも気付かない人間と私は違うのだから。
 そして、ムスターニも嫌い。
 生まれながらの魔道士? ふざけている。
 魔道士は魔力と才能で勝ち得る世の中で、ムスターニだけが例外。ムスターニに生まれつけば魔道士だなんて、そんな理不尽がどうして通るのだろう。
 キャディル王室に強力なコネがあるだけで、魔法使いの努力も才能も差し置いて、自分達だけが安穏と地位に座り続けるなんて。
 そして、誰もそれを「おかしい」と思わないなんて。
 だからムスターニは嫌い。
 大っ嫌い。
 ――それなのに!

   ◇

 師ウィードの執務室へ行くまでに、まだ、難問があった。
 ウィードの前へ行くのに私服では失礼ではないか、とガーネ嬢がゴネはじめたのだ。
 曰く、課題を受けるために伺うならば学徒としての礼を尽くさねばならないが、自身が先日まで着ていた緋色の制服は事務へ返却してしまったし、黒衣の支給はすぐに出来るのか、そも自分の身分としては高等学生としてなのか、最上級生としていいのか、判断が難しい。いや、私服でいいのだとしてもコレは旅装束で、やはり失礼ではないのか?
 云々。
 アルベザイドはにこやかに半分以上を聞き流し、師ウィードはそんなことを気にかけはしないし、そもそも急の呼び出しをかけたのは師の方なのだから、この場合は礼儀に反しない、と同じことを3回ばかり(言葉じりを変えて)繰り返した。
 そんなこんなで、やっとガーネ嬢と共に師ウィードの執務室の扉を開けた時、ガーネ嬢の機嫌が急転直下したと、アルベザイドは気配で感じた。
 ある意味で非常に(自身に)正直な性格と言える。
 まぁ、アルベザイドも上機嫌になりはしなかったが。
「迅速なり。大儀」
「……なにやってるんですか」
 潤沢に空間のある部屋であるコトは相変わらずだが、アルベザイドがほんの一刻前には見なかった物体が執務室に2つ増えていた。
 1つは、豹柄の巨大猫だ。猫といっても大型の肉食獣を連想するので恐怖感が先に立つのだが、かの霊妖が水以外を口にしないのは知っている。知ってはいるが、その霊妖の柔かそうな腹に子供に見える魔導師が抱きついているのは、どう判断すればいいのか。
 神々の奇獣が石床にゆったりと横たわり、まるで子供に乳を与える母猫のように魔導師をくるんでいる。いや、温かで気持ちよさそうだとは思うが、他人の従者に抱きついて悦に入っている魔導師というのはどうしたものだろう。
 普通の女子なら(違和感を無視して)「可愛い」とか言いそうな場面であるが、ガーネ嬢は沈黙している。横目で見ると、彼女が目を向けるのは大猫と子供の癒し系抱擁シーンではなく、やや離れた場所で立っている黒衣の学徒だった。
 この部屋2つ目の増加物は、霊妖の主だった。弛緩した手足に緊張感はなく、顔は見えなかったが、あの、朝から一度も櫛を入れてなさそうな鳥巣頭は間違えようがない。
 リザオ・ムスターニ。ガーネ嬢は、どうやら「ムスターニ」が嫌いらしい。大好きだ、という知り合いはいないから当然だけど、それにしてもやや過剰な反応だ。
 この部屋に学舎の有名人がそろった、とアルベザイドは(自身は含めず)思った。
「出直します」
 呼び出したのは師ウィードだが、先客ならば外で待つ方がいいだろう。
 けれど、魔導師は(ご満悦モードのまま)「よい」2人を呼び止めた。
「そなたら3名、課題を与えん」
 ここで、初めてムスターニは2人へ顔を向けた。相変わらず硝子球のような目だ。感情はなく、生気もない。
「競い合いですか? 優秀者に裁可を下さると?」
 ガーネ嬢は敵愾心を隠さずに噛み付いた。魔導師は翠色で優しい瞳を少女へ向ける。彼女は一瞬頬を上気させ、深く息を吸い込んでから頭を下げた。
「申し訳ありません。ティンク・ガーネ、お呼びにより参上しました」
「お初にお目にかかる、才女殿」
 ウィードは鷹揚に返す。ゆったりと大猫の毛並みを撫でるその手つきは余計だ。
「課題を与えん」
 アルベザイドは、姿勢を正した。隣のガーネ嬢もそれに習う。ムスターニは、ぼんやりしたまま。
「魔導師サネルガの元へ行け」
 師ウィードは澱みなく告げたが、アルベザイドは思い出すのに少し時間を食った。
 学舎の十二賢者と呼ばれる魔導師ではない。キャディル王国でもない。北陸の魔導師を国に仕える者から隠遁者までさらっても分からず、南陸の魔導師4人目で思い出す。
「南陸のケインミンですか?」
 ガーネ嬢が口を挟んだ。声音が硬くなったが、それ以上は言わない。ムスターニは相変わらずぼんやりと……寝てるのか? 寝起きか?
 商業国ケインミンは、南陸の山岳北側に国土を持つ。キャデル王国からは、中島脇を抜ける航路を渡って、港のあるコーナ公国の隣にある国だ。キャデルと同じ山岳国家だが、鉱脈の恩恵豊かな国であると聞く。故に、地母信仰が残っている地域もあるとか。
 単純に、ケインミンへ行くだけならば問題はない。キャデルとコーナ、コーナとケインミンには国交があり、旅人の往来も妨げない。
 ただ、魔法を操る者に、南陸は鬼門だ。かの地は魔法が薄く、そして魔法使いへの偏見もある。北陸のように賢者扱いはされない。
 それでも、魔導師の地位は、北陸と同じであるけれど。
「お目通りが叶ったとして、その後はどうするのですか?」
「会えば良い」
 ウィードは物憂げに、優しく、撫でて囁く。
「会えれば、良い」
 ひっかかる物言いだ。聞き流すか、問いただすか。
 数泊迷う隙に、珍しくムスターニが動いた。小声で従者を呼んだらしい。霊妖はノソリと身を起こし、寝床を追い出された幼い賢者は、けれど残念そうでもなく、優雅に立ち上がった。
「才女殿は身支度済みか。ならばそなた等も急げ」
「……はい?」
 聞き返すアルベザイドの横で、ムスターニは扉へ身体を向けている。大猫もふさふさな尾をくねらせながら続こうとしている。
「疾く行け。麓には間に合う」
 それはつまり、今すぐに学舎を出発しろと、そういうこと?
 色々質問したいコトが山積みなのに、幼い魔導師は取り合わない。

「行け」

 まるで慈愛ある女神のごとき微笑で、困惑の学徒を放り出した。

     ◇

 廊下で、ムスターニが待っていた。
 珍しいコトもある、と思っていると、もっと珍しいコトが起こった。
「正門で」
 ボソリと、呟いた。
 それが「出発の準備が出来たら正門で待つ」という意味だろうと察する間に、ムスターニはすでに廊下の向こうへ消えている。
 アイツの声を聞くのは何回目だったかと思い返していると、隣で「……違うじゃないですか」呪鎖のような揺らめきを感じた。
「え?」
 あえて笑顔で振り返れば、怒気を隠そうともしないガーネ嬢の三白眼とぶつかった。
「手紙書く時間なんて、ないじゃないですかっ!」
 ああ、そんなコトも言ったっけ。
 アルベザイドは、笑顔のままで冷汗をかいていた。

   ◆ ◇ ◆


Act.01 導師の課題 (04)


   ◆ ◇ ◆

 さらに話は変わるが、「魔道士の塔」とはキャディル王国所有の施設ではない。初期はもっと小規模の、フィード・ウィードと数人の魔法使いで始めた、ただの私塾である。彼等は後輩達の指導に適した場所として『御柱の峰』の麓を選び、たまたまそれがキャディル王国内であり、正式には国王の許可など得ていなかった。ただ『学舎』創立より三代目の王となり、誰よりの非難も苦情も得ていない、それだけだ。
 現在もその様相は変わっていない。
 よって『教授料』なるモノが存在する。
 学舎における衣食住はすべて保証されるが、それらは無料ではない。学舎を去るに当たり、入門よりの一切を請求される。学舎内の生活水準からすれば請求額は破格だが、それでもやはり貴族や商家でもない身には高額である。
 以上の理由により、学舎へ入門する人々は二種類の、魔導師を志す者と、そうでない者が存在する。後者は近隣の町や農村の子供達で、無学にさせるよりはと二、三年入門させている。それでも私営公営の教育機関より高等で安価だという。ただし魔導師を志す者は在学の長期化がなかば必然であるため、安くない代償を支払わなければならない。ゆえに彼等のほとんどは貴族商家の出身であるか、その援助を受けている。
 そしてキャディル王室御抱えの大商家より援助を受け入門した少女が一人、いる。
 彼女は多分、学舎において三番目の有名人であろう。彼女は入門四年目にして、ほんの三日前に黒衣を得た。開校以来の最短記録保持者であり『学舎一の秀才』と誉れも高い。
 彼女の名はティンク・ガーネ。まだたった十六歳の、気の強い少女であった。

   ◆ ◇ ◆

「納得できません」
 ティンクは予想通り、不機嫌でとんがった声音を披露してくれた。あまりに予想通りの反応に苦笑がこぼれそうで、ごまかす為にアルベザイドはカップを口元へ運んだ。
「休暇は後二十日以上あるのに、いきなりの呼び出しなんて、横暴じゃないですか」
 もっともな意見だ。反論できる余地はまったくない。ここで「ごめんなさい」と引き下がれば、何も面倒がない。
 それなのに、理不尽にもアルベザイドは無理を通さなければならない。
 ガーネ嬢を呼び出すほうが師の課題より難しいのではないか、と、まだ熱い香茶を楽しめない貴公子だった。
 場所は寄宿寮一階の食堂である。学徒用の食堂でこじんまりとはしているが、居心地はよさそうだ。よく使い込まれた木製の椅子やテーブルの光沢が暖かく感じる。午後の休み時間となって、幾人も教室を抜けて来ていた。それぞれが香茶や軽食などでくつろいでいる……はず、なのだけれど。
「聞いているんですかっ!」
 ガーネ嬢の棘ある声に、全員が顔を伏せて、様子をうかがっている。
 どうやら「ガーネの機嫌が直ることを待つ」ではなく「ガーネの逆鱗に巻き込まれる前に逃げ出すタイミング」を狙っているらしい。
 悪いことしたかなぁ、とアルベザイドは呑気に茶をすすった。

     ◇

 もともとが無理な話なのだ。
「課題を与えん。ティンク・ガーネを呼ぶがよい」
 師ウィードの済ました声音を思い出す。
「無理です。彼女は休暇中です」
 アルベザイドは即座に言い切った。
 ティンク・ガーネという少女がたった三日前に黒衣を受けたことは有名だ。そして黒衣を受けると通常ならば一ヶ月の休暇がもらえる。
 塔の学舎では長期休暇は貴重だ。新年ですら「雪で学舎が閉じ込められるから」と勉強三昧で、休暇らしい休暇は夏至をはさんだ七日間だけ。その夏至休暇も遠方から来ている学徒には帰郷する間などなく、大多数が寮での自習になる。
 一応、休暇の取得は自由だ。学舎では授業の出席率ではなく試験の合格のみで進級するので、極端を言えば授業を全休しても試験さえ受かればいいのである。それに「落第」も(基本的には)ないから、一つの教室に十年居座ってもかまわない。
 もっとも、本気で居座ったら別の選別を食らうが。
 ともかく入門4年で黒衣を受け「秀才」の誉れ高いガーネ嬢が、今までまとまった休暇など取ったはずはない。多くの者はこの進級休暇で帰郷し、家族や後援者へ「黒衣を受けた」と報告しに行くから、彼女も同じだろう。
 ひょっとしたら手続きやら寮の移動などでまだ学舎に居るかも知れないが、休暇中には変わらない。邪魔などしたら怒られる。
 それでもウィードは、憎たらしいほど涼やかに言う。
「導師の課題、うぬ等に与えん」
 こりゃ駄目だ。アルベザイドは師ウィードの説得をあきらめた。

     ◇

 師の説得をあきらめた故に、貴公子はガーネ嬢の勧誘に苦慮している。
 どちらも円満に断れる口実はないものか、と脳味噌が余計なことを考えたがる。その欲求に応えればしばしの現実逃避に浸れるのに、問題解決へ何も貢献しないということもよくわかっていた。
「聞いていますか!」
 ガーネ嬢は痺れを切らして繰り返す。ああ、食堂隅の子供が泣きそうだ。そろそろ押し問答を切り上げてあげなきゃ、可哀想か。
「ええと、何処まで話したっけ?」
「導師から課題が与えられるから、すぐに来い、と」
 聞こえる小声で「自分で言ったことくらい覚えてきなさいよ」ブツブツ言われたが、とりあえず聞き流しつつ、カップを置く。
「魔導師フィード・ウィードの課題だ。意味分かるかい?」
 ガーネ嬢の表情が、はじめて「憤慨」以外の表情を浮かべる。怒気はないが、難しい顔だ。強いて言うのなら、怪訝。
「師ウィードの試練は、魔導師試験の最後じゃないんですか?」
(うわぁ~、まだ残ってたんかい、その不思議伝説)
 自分も同じコトを言って師に大受けしたコトをシミジミ思い出した。
 十二賢者に上下関係はない。黒衣の学徒が誰の預かりとなるか、順番など存在しない。学徒が望めば優先されるほどいい加減なものだ。
 それなのに、何故か一般学生内で「師ウィードが最後の難関」との噂が根付いている。実際『彼』の課題が他と特別に難しいとか、そーゆーコトはない……らしい。アルベザイドも他の魔導師を知らないので、断言しかねるが。
 なにしろ、何の問題もなければ、アルベザイドは師ウィードの課題を1回目でクリアしているのだし。
(あ、なんかイヤな事を思い出しそうだ)
 アルベザイドは香茶を一口含んで、飲み下す。
 憶測だが、単なる噂が最近になって信憑性を上げているのは、学舎の有名人リザオ・ムスターニが師ウィードの課題で手こずっているからだ、とアルベザイドは思っている。
 自分自身もその噂に関係しているかも、とは考えていない所が彼の人柄を表してもいるけれど。
 ともかく、噂は有効利用させてもらうに限る。
「『その』師ウィードが、ぜひ君に来てほしいと、仰っている」
 取引では自分の持つ餌がいかに美味そうであるか、相手に信じ込ませた方が有利だ。今後幾年にわたり、彼女と顔を合わせるたびに嫌味を言われる運命になろうとも、この時のアルベザイドには有効な条件であると思えたのだ。
 証拠に、ガーネ嬢は考え始めた。背後の学友達がソロソロと移動するのにも気がつかない。泣き出しそうだった子供も、友人らしい少女に連れられて出て行った。
「私はまだ正式に「黒衣」を受けていません」
「休暇を切り上げるなら同じだ」
 ガーネ嬢はさらに難しい顔をしたが、アルベザイドは正直に出た。
「実際、どういう事情なのか、俺にも分からない。はっきりしているのは、師ウィードが君を必要としていて、しかも急を要するって事だけだ」
 一学徒が魔導師から必要とされる。この鼻薬は効いた。彼女の表情が小波のように変わり、その大部分が虚栄心で、矜持と用心深さで隠しこんだ(と思っているらしい)平静さが覆う。
 これ以上は憶測だし、アルベザイド個人では確約もできないが、もう一押しする。
「御師様の課題が終われば、改めて1ヶ月の休暇がある」
 語尾につくべき希望的観測は黙秘し、自分で詐欺師になれるかも、と思いつつ「手紙を書く時間くらいもあると思うよ」付け足した。
 ガーネ嬢は完全に黙る。故郷や後援者へ説明は立つし、むしろ指名で課題を受けるなら誉になれ恥ではない。彼女はさらに何かを悩んでいる風だったが、これ以上は彼女の事情というものだ。アルベザイドは干渉しないし、想像も出来ない。
「……わかりました」
 ガーネ嬢はとりすました顔を作る。ツンと冷たい、同年代に言わせれば「高慢チキ」な顔だ。元の造作が笑顔の一番似合いそうなのに、台無しである。
「師フィード・ウィードのお呼び出し、承ります」
「そう、よかった」
 アルベザイドは心底安心した。呼び出しに成功したので、この課題最大の難関を突破したのだと思ったのだ。
 見通しが甘かった、と、後悔したけれど。

   ◆ ◇ ◆


名言集
カテゴリ
◇小説
◇自作小説
│└ 【魔道士の塔の学徒たち】
◇ファルガイア幻想記
 ├ 【簡単紹介】(別窓)
 ├ 【綺麗な剣と壊れた銃】
 └◇短編
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