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Act.01 導師の課題 (03)


   ◆ ◇ ◆

 話は前後するが、リザオが扉前で溜息の山を築く前、師フィード・ウィードに呼ばれて一人の学徒がこの執務室を訪れている。
 褐色の肌に翠色の瞳を輝かせ、長い銀髪を首の後ろで括った背の高い青年である。人当たりが良く、廊下ですれ違う年下の少女達にも穏やかに微笑んで会釈する。結果、彼を視界から消えるまで見送った少女達は、精一杯抑えた(つもりの)黄色い歓声を上げて飛び跳ねる。女子の間で「銀髪の貴公子」と言えば、彼、アルベザイド・ディーアであった。
 アルベザイドは先の冬に二十二歳となり、今は黒衣の最上級生である。
 概ね、黒衣を得て魔導師を目指そうという人物の経歴は珍しいことが多いのだが、アルベザイドも珍しい部類だった。
 十歳で家出して路頭に迷い「翠色の瞳は魔法が強い」という迷信を鵜呑みにしてやって来た、なんて不心得者は、まぁ、あまり、いないだろう。
 リザオ同様、アルベザイドも毛色の違う人種であるらしい。
 しかも困った事に、彼も学舎の有名人だ。容姿で目立ってはいたが、最近は失笑混じりに「臍曲がりの貴公子」と噂されている。
 噂話は無責任で鬱陶しいモノだが、事実無根で広がる訳でもない。ちゃんと理由はあるのだ。彼とて事実は否定しない。
 そう。否定は、しないだろう。

   ◆ ◇ ◆

 アルベザイドはその部屋を見回した。
 広い部屋だった。ちょっとした音楽会くらい開けそうで、天井も高いから音響も良さそうだ、といつも思う。調度品は不必要に大きな机と数脚の椅子、それだけ。自分の手狭な相部屋と比べ、溜息が出てしまう。狭く感じるのは多々持ち込んだ不要品(ガラクタ)のせいである、と自覚がある分だけ、一層に情けない。
 魔導師フィード・ウィードの執務室である。
 アルベザイドはいつものように視線だけで部屋を巡り、目前の机の主を見やると、やはりいつものように、そっと溜息を落とした。
 目前の机には、一人の子供が大きな翠色の瞳をクリクリ輝かせて納まっていた。十二、三歳位の少年とも少女ともつかぬ、机と同様に不自然に大きい長掛を纏った子供は、頬杖を突いてニッコリ飛び切り可愛い笑み。
「憂鬱なりしか?」
 聞き違えたのか、といつも思う。外見を裏切らないソプラノの滑らかな声音で、とんでもなく古めかしい言回しをしたのは、目前の子供である。アルベザイドはまた溜息を吐いた。「人を外見で判断してはならない」と、目前の事例が如実に物語っている。何故なら子供は、子供ではないのだ。
「我にてうぬ程あから様も、希有よな」
 アルベザイドは嫌そうに、愛らしく笑う子供を見下ろした。子供は、しかし彼が学舎へ入門した十二年前より寸分違わぬ姿をしている。学舎において十二賢者と称される魔導師の筆頭であり、学徒から師フィード・ウィードと呼ばれている。
 ただ「ウィード」の名が彼の祝福された『真名』でなく、まして親の付けた『通名』ですらないことをアルベザイドは察している。北方地域の旧い言語で「愚者(ウィード)」という。ただし、「フィード」の意味は判らない。
 まったく予想が違っている、というのもあり得る訳だが。
 ともかく子供に見える魔法使いが「フィード・ウィード」を名乗り数々の偉業を為し得た伝説は、アルベザイド生誕の遥か以前より始まる。
 つまり、そういう事なのだ。
「苦痛なりしか?」
 子供、に見える老獪な魔導師は、なおも面白そうに言葉を重ねた。師ウィードは、実際に楽しんでいるのかもしれない。
「苦痛なれば去れ。資格は得たであろ?」
 アルベザイドの頬が引きつる。それを見、鳩が鳴くような笑い声を喉の奥で転がした。本当に、からかい甲斐がある。
 アルベザイドは黒衣を受け、最初に師従した賢者がウィードだ。諸事情からそうなっただけで、さしたる根拠はない。賢者の元で二つの課題に取り組み、それらを成功させている。そして最初の課題の折り、アルベザイドは師ウィードより裁可を得ていた。
 その裁可を自ら拒絶する、という前代未聞の珍事をしでかしたのだ、この貴公子は。
「何が気に入らないのか」
 教師サリザンに苦悩され、さすがのアルベザイドでも少々バツが悪かった。十歳の冬に入門して以来、サリザンが彼の保護者代わりであり、学舎での知識の基礎を大部分、サリザンから受け取った。ちょっと太目で気の回らない人ではあるが、その分細事を気にしない美徳を持っていた。その教師サリザンを苦悩させてしまったのだから、アルベザイドとしても居心地が悪い。
 けれど、やはり納得できなかった。
「リザオ・ムスターニと同じ課題を与えられ、彼の方が優秀だったのに、彼でなく私に裁可が下るなんて、おかしいじゃないですか」
「あのムスターニと張り合うつもりか!」
 サリザンは心底驚いて、匙を投げた。庇護者が憮然とする様子に、養い子はこれほど矜持が高かったのかと感心し、もう構わず好きにやらせようと思ったのだ。
 アルベザイドが難しい顔をしたのは他に訳があるのだが、当人ですらその理由を上手く伝えられなかったのだから、この際どうでもいい。二回も無視された師ウィードにしても気分を害した風もなく、誰かにアルベザイドの件を訊ねられた折りなど「とっておきの課題を思案しておる」屈託なく笑み、臍曲がりの貴公子はなお居心地が悪くなる。
 このような経緯の元にアルベザイド・ディーアはこの部屋に立っていた。
 基本的な問題として、アルベザイドはこの幼い魔導師が苦手であった。根拠となる昔日の逆恨みを思い起こしかけ「アルベザイド」穏やかな呼びかけに顔を上げと、ニッコリ愛嬌たっぷりに笑う子供と目が合って、思わずズサリと音を立てて後ず去った。御師様がこんな顔をしている時は新しいからかいを試そうと企んでいる。今回はリアクションが大きすぎて自分の足に躓いて転んでしまい、子供が爆笑するだけですんだ。……痛いけど。
「まあ、よい」
 ウィードは笑死しそうになって諦らめた。これ以上頑固で石頭の律義すぎる学徒を虐めても面白いだけで、話が進展しないと気づいたのかもしれない。
「アルベザイド・ディーア。うぬに頼みたき議がある」
「なんなりと」
 アルベザイドはやけくそで、それでも背を正し言葉を待った。
 子供に見える魔導師は、そんな学徒へ暖かい眼差しを向け、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「課題を与えん」

   ◆ ◇ ◆


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Act.01 導師の課題 (02)


   ◆ ◇ ◆

 その『世界』は、たった二つの陸と二つの島から成っていた。
 ゆえに、それぞれは単純に「北陸」「南陸」「神島」「中島」と呼ばれている。
 その北陸の一角に、キャディル王国があった。内海に面した小国家であり、交易が盛んな訳でなく、また特筆されるべき農業も工業も鉱脈もない。ただ別名に「魔法公国」と呼ばれるほど魔法の研究が盛んな、魔道士の集う国であった。
 一般に『神々の御言葉(ティルスール・ネイア)』を繰り奇跡を起こす者を「魔法使い」と呼ぶ。その中でも布をつけた樫の長杖を持つ者を「魔道士」と区別して呼んだ。
 魔道士はその才能と膨大な知識を有し、別に「賢者」とも呼ばれるが、彼等は国家の中核に座す。国主に忠告し、議会を補佐する、いわば国の要だ。
 魔法とは血筋でなく、才能と努力で培う。まして魔道士を名乗る者は地位と富の引き換えとして、重責を負う。
 しかし、血筋では継ぐ事の出来ぬが故に、魔道士を志す者は多い。
 キャディル王国は、領土の大半が山岳で埋まる。王都のすぐ東まで『御柱の峰』と呼ばれる大山脈が迫っており、縁は鬱蒼とした森が陣取る。その中腹、白滋色した建物が十二の塔を突き出していた。
 ただ「建物」と認識するのは少々問題がある。敷地範囲は町二つ飲み込んでしまうほど広く、地階より最上階を目指せば行き倒れは必至、という建造群であった。口の軽い人々は「キャディル王都より立派」など言う。
 その建物、一般には「東の学舎」で通じる。別に「魔道士の塔」とも呼ばれるが、正式名称はない。王国の、ひいては『世界』中から学徒を募り、魔道士の業と心得を授ける、そういう場所だ。
 王国を「魔法公国」と言わしめる基盤が、ここにある。
 学舎の門戸は、誰彼の区別なく、すべてに開かれる。入門は自由だ。ただし、卒業でき得るかは別問題である。入門生は、最初に学問を修める。地理、歴史、語学、数学、すべてを学ぶ。
 繰り返すが「すべて」を学ぶ。
『世界』にて過去より現在に残り存在し得るあらいる英知を習得する。この骨の折れる苦行を終えるには普通でも十七、八年かかる。学徒は数十分の一に激減するが、これで「魔道士」「賢者」を名乗るには充分である。
 充分ではあるが、さらに上がある。
 学舎では学問を修めた者達に、更なる課題を与える。『魔道士の塔』の別名がつくほど学舎の十二搭は印象的だが、この搭に因み、それぞれに賢者が据えられている。
 学舎の、『魔導師』の十二賢者だ。
 勉学者は苦行を修めた証として黒衣の着用を許される。その後に十二賢者の各々について修行する。賢者十二人全員より栽可が下ると『魔導師』の称号が贈られる。
 魔導師の称号の威力は絶大だ。国王すら座を譲り頭を垂れる。それ程の重みがある。
 故に、学舎へ入門する者は多いが、卒業でき得る者は稀であった。
 リザオ・ムスターニが学舎へ入門し、すでに十回目の春を迎える。彼は今、黒衣に身を包み、賢者フィード・ウィードに従事する学舎の最上級生ではあるが、ここに最大の難関が待ち構えていた。
 八人目の賢者、師ウィードに就いて学び、早一年が経過している。その間六個の課題を処理し、三件の騒動を起こしている。それなのに退学処分はおろか栽可もおりないとあって、リザオは『ムスターニ』でない意味で有名になった。
 なにしろ十二塔の西の一つを粉砕したのだから、有名にもなる。ただし、学舎は現在も塔が十二突き出ている。騒動には後日談があって、壊れた塔は一夜の内に修復された。
 リザオはボソリと言う。
「魔法だよ」
 以来、リザオ・ムスターニに関わると破壊と呪いが降りかかる、と噂になった。
 実に信憑性の高い噂である。

   ◆ ◇ ◆

 リザオは扉の前に立ち、溜息を吐いた。
 巨大な扉だった。使い込まれた木肌が光沢を持ち、技巧に凝った彫刻が一面に施されている。見上げるとちょうど、若い男女の姿をした神が腕を上下へ伸べ、雷鳴走る天と業火噴く大地を支えているレリーフがある。
 この扉の図案は、神話最初の場面『天地創造』を模していた。
 神は世界の基より天地を隔て、八柱もて支えんとするが、天重く地脆く、柱ことごとく折れ倒れた。しかるに神は言葉にて世界示し、その様に成った。
 経典の最初に、確かそんな「物語」が載っていたよな、と思う。あいにくリザオの信仰心はものすごく薄い。魔法は『神々の御言葉(ティツスール・ネイア)』を用いて行うもので、魔道士は信心深い者が多いのだが、リザオは例外であった。
 また、溜息。
「いい加減になさいませ」
 ミトランシャーネが尻尾をうねらせて忠言した。中庭から師ウィードの執務室まで徒歩一時間の行程を、従者は疾く風のごとく駆け抜け、いまだ幸いにして休み時間中である。それでも約束は正午の鐘前であったから、大遅刻は変えられない。つまりリザオは御師様から小言を食らうのが怖くて、扉前で延々と溜息を吐いている訳だ。
 往生際が悪い。
「……父上の書斎だ」
 リザオはボソリと呟いた。肩が落ち、悄気ている。それほど怖いなら約束の時間を守ればよろしいでしょう、など甘い忠告は用を成さぬので、従者は敢えて言わない。言われないので失念している、と気付くのは、もう少し後の事である。
「あの部屋も、怖かったよなァ」
 猫は聞こえぬふりをした。書斎に忍び入っては様々な物品を壊し、挙句に書斎へ近づくだけで怒られるようになった幼子の感想は、背が長じても変化なく、自業自得だと自覚するのは何時だろう。
 ……世の中には、回答を求めぬ方が良い問題も、あるかも知れない。
 従者は首を巡らせた。廊下の隅に時々人影が動いては、引っ込む。何か言い争っている声も聞こえる。彼等は師ウィードに用があるか、この廊下を通って行きたいのに、リザオが怖いのだ。本当に悪名が轟いているなと嘆息し、少し声音を落として「リザオ」往生際の悪い主人を促す。扉前などで溜息の山を築いても、事態は何ら進展しない。
 諭すか、脅すか。従者は後者を選択した。
「リザオ」
 もう一度言う。その声にリザオはビビッた。猫背気味の背中がピンと伸び、額に脂汗を滲ませ胸を抑える。主人は従者が温厚で入られる限界を充分に、身を持って知っている。リザオの心理的外傷(トラウマ)は数々あれど、たかが十七年の人生で一番最初にて痛烈な教訓は、ミトランシャーネを激怒させるべからず、これである。
 真っ直ぐ顔を上げた。従者の方は見ないように深呼吸。閉じた瞼をゆっくり開く。
 そこには、表情の失せたリザオが立っていた。

   ◆ ◇ ◆


Act.01 導師の課題 (01)


   ◆ ◇ ◆

 春の柔らかい陽射しを受けて、木々は淡翠の葉を一斉に芽吹かせた。風は微かな湿気をおびて暖かく、甘やかな花の香りを運ぶ。
 子供達の歓声も聞こえる。この一番美しい季節に、彼等は元気一杯にはしゃぎ回っていた。まぁ遊びを満喫する天才達は、何処でも何時でも何にでも興味を示し、感動し喜ぶ。
 そんな声の聞こえる木陰の下、影が動いた。しばらくゴソゴソ動き、それきりで、気持ち良さげな寝息が後を追う。誰か昼寝を楽しんでいるらしいが、黒い服を着ていて、日向と木陰の明暗に紛れ、見失う。
 実際、間違えられた。
 子供達は鬼ゴッコに夢中になって、一人が木の後へ隠れようと陰下へ走り込んだ。と、柔らかいモノを踏み付けてバランスを崩し、カエルでももう少しかわい気がありそうだと思う「ぐゥえっ」悲鳴に驚いて振り返った。
 ちょうど、黒い影がモソモソ起き上がったところだった。
「あ……すいません!」
 子供は悲鳴じみた声を上げた。自分が踏み付けてしまった相手は、かなり年上だが大人でもない、黒髪の青年だった。しかし問題はそれではない。彼が黒衣を身に着けている、その1点である。
 彼は『学舎』の最上級生だった。
「ごめんなさい、気が付かなくて……いえ、そうじゃなくて……」
 しどろもどろになった。黒衣の青年は軽く咳き込みながらも手を振って「大丈夫」こもった聞き取り難い声で言う。寝グセのついた髪を掻き回し、眩しそうに子供を見上げた。
 間があった。お互いに、沈黙している。子供は上級生が何か、例えば怒るとか文句をつけるとか、何か言うと思ったのに、青年は子供を、もしくは子供の着ている白い服を見ながらゆっくり瞬きを繰り返すだけ。初等学生の制服が、そんなに珍しいだろうか?
「……あの……本当に、すいませんでした」
 子供は恐々る謝罪する。青年は「いや」軽くもう一度頭を掻くと、唐突に聞いた。
「今、何時?」
 あまりにも唐突で短い質問に、子供は聞き違えたかと焦った。混乱する心臓を必死で抑え、質問の内容を反芻し、答える。
「休み時間です」
「……え?」
 意味が通じなかったらしい。何時から寝ていたのだと怪しみつつ、言い直す。
「午後二刻(三時頃)の、休み時間です」
 上級生は目を見開いて「おや、まあ」うめいた。その背後で、一際巨大な影がノソリと起き上がる。
「目が覚めましたか?」
 子供は心底驚いて影を見上げた。それは猫だった。厳密に言うと猫ではないのだが、巨大化した猫が喋ったのかと思った。毛並みは茶地に見慣れぬ黒い斑模様で、耳も猫というより鳥の翼のようだ。何より子馬並みに大きく人語を操る猫など、いる筈がない。
 でも猫だと思った。
 その認識の誤差が、子供に真実を思い出させる時間を多めに要した。
「約束の時間はとっくに過ぎました」
 猫はまた喋った。蒼水の貴石みたいに奇麗な瞳は黒衣の青年を見据えている。青年はボンヤリ猫を見上げ「……今日だっけ?」馬鹿な事を言った。猫の目がスッと細くなる。
「しっかりなさい、リザオ・ムスターニ」
 それが決定打だった。
「リザオ・ムスターニ!」
 子供は今度こそ悲鳴を上げて逃げ出した。成行きを見守っていた他の子供達も叫びを聞いて走り出し、リザオが昼寝を堪能していた木陰のある広場は、あっという間もなく無人になる。蜘蛛の子を散らすような、という形容がピッタリな、見事な逃っぷりである。
「悪名が、鳴り響いてますね」
 猫は驚かなかった。呆れてもいない。ただ事実をありのまま述べた。その横顔をリザオは恨みを込めてねめつける。
「わざと仕向けたくせに」
 リザオは今度こそ目が覚め、不機嫌になっていた。彼は姓名付きで呼ばれるのを嫌う。名を聞くと大抵の人間が及び腰になるか高飛車になるかで、良い事がない。最近では逃げられる始末だが、これに関してはリザオ本人に非がある。ただし、彼は自覚していない。
「親の職業が何かって、そんなに重要なのだろうか……?」
 リザオは優しく旧い友人、今では辛辣で毒舌の忠実な従者ミトランシャーネを見上げ、溜息を吐いた。
 リザオは代々有能な魔道士を多く輩出するムスターニ家の末っ子である。もとは国を持たぬ流浪の民であったが、祖父がキャディル王国の王宮附き魔道士に取りたてられたのを期に、その王都へ居を構えた。リザオの父も王宮魔道士として高名を馳せており、兄姉達も優秀な逸材として各地へ散っている。
 リザオが『学舎』へ入門するにあたり、周囲には並々ならぬ期待と嫉妬が高じた。彼の一挙一動が中傷の的になった。言い様は色々あったが「ムスターニのくせに」で集約できる。幼少の少年がどんな抵抗を試みたかは不明だが、入門して一年も経たず、仏頂面の無愛想で、滅多に口も聞かない子供になった。
 ミトランシャーネは少し険を落とし、物言いも穏やかに主人と定めた相手に言う。
「判りかねます」
 返答に一片の救いもなかったが。
 学舎へ入門して2年後、「リザオ・ムスターニの世話をする」と従者ミトランシャーネが押しかけた。学舎は基本的に寮生活で、各々に自活している。本来ならば承認されない申し出であったが、特例であった。
 ミトランシャーネは霊妖と呼ばれるとても貴重な生物だ。古代には神々の騎獣であったと言われる伝説上の聖獣で、現在には生息していない、筈であった。それが「ムスターニ家の末息子の従者」として突然に現れて、学者達は肝を潰し、学舎側の対応も遅れ、つまり猫の従者は慣例を無視して居座った。
 一連の騒動は新たな誹謗を呼び、結果、リザオの無愛想に磨きがかかった次第である。
「御師様が、お待ちです」
 従者は慇懃に主人を促す。が、当のリザオは「起こしてくれても良かったのに」「もう少し寝ていたい」等々ブチブチ言い募る。実際は従者の腹を枕に寝ていて、何度も起こされたのに、本人がまったく起きなかっただけだ。
「駄々をこねるも、いい加減にして下さい」
 従者の声にまた険が出る。さすがの剣呑な雰囲気に、リザオはようやく諦めた。溜息と共に立ち上がり、ふと師ウィードの執務室からここまでの距離を考える。
 リザオは従者を見上げて提案した。
「乗せてってよ、トラ」
「その名で呼ばないで下さいッ!」
 思わぬ悲鳴になった。
 従者は、愛称で呼ばれるのが嫌いだった。
 ……まぁ世の中、そんなモノだ……

   ◆ ◇ ◆


名言集
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